アルカディアでの夏休み
アルカディアでの夏休み


 日本の学校の卒業は3月で、欧米の入学が9月なので、留学をする学生には半年ばかりのギャップが生まれる。 短いようで長い半年という期間、様々な過ごし方があると思う。私は日本の大学学部を卒業後、大学院留学をしたので、 この期間を先に渡欧し、語学学校に通って過ごした。少しでも環境に慣れるため、そして英語を上達させるための選択だった。

 ロンドンから小一時間ほど西へ列車に乗った先、レディング(Reading)という町の、大学付属語学コースに通った。 町の中心からさらにバスで15分ほど離れた森と草原の中に広大なキャンパスがあった。 学生寮も木立にかこまれ、そばには舗装もされていない野生味あふれる美しい湖があった。 国籍も年齢も様々な留学生たちは、みな気さくで、学校や寮などでたくさん話ができた。 その後に大学院で出会う、野心溢れるギラギラした建築学生たちとは縁遠い、穏やかな雰囲気だった。 文化の違いや、アイデンティティといった、ともすれば海外の地で障害となる事案にも、ゆったりと向き合い咀嚼する時間が取れたように思う。

 レディング駅から北に少し歩けば、テムズ川に至る。川辺を散策し、ゆっくりと進んでいくボートを眺めながら、スコーンをかじる。 早く建築をやりたいという焦燥を感じながらも、英語の勉強をしながらその時に備えることしかできない日々だった。

 ヨーロッパでは、牧歌的な理想郷をアルカディアという。中国の桃源郷は戦乱から遠い場所であり、大航海時代の伝説である黄金郷 エル・ドラードなど、それぞれの文化や歴史に関係した理想郷観があるが、アルカディアという理想郷観には、 この場所に来て初めて納得がいった。 ロンドンや大阪、東京での日々とは違った、まさにアルカディア的な場所と時間だったように思う。 大学院が始まり、そして就職し仕事をはじめ、時間に追われるようになってみると、もう二度と戻らない日々であるように感じる。 この半年のギャップは、人生の夏休みとも言えるか。

 欧米の入学時期と合わせ国際化を推し進めるため、日本でも9月入学が検討され始めている。 東京大学は一早く9月入学への移行を発表した。半年のギャップはボランティア活動や短期留学を斡旋する仕組みも取り入れるという。 奇しくもコロナ禍の休校により、9月入学が本格的に議論されることとなった。 結局は実現しなかったため、この半年の夏休みはいまだに存在していることになる。 現在は留学自体が難しい時世となってしまったが、感染症が収束した折、日本を飛び立っていく人たちには、 この半年を、有意義な人生の夏休みとしてほしい。