新しい技術と新しい価値観
新しい技術と新しい価値観


 2017年のアカデミー賞で、22年ぶりに特別業績賞の受賞作が出た。 『バベル』や『21グラム』などで有名なメキシコ人監督、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥによる 『Carne y Arena』(肉と砂)というVR(バーチャル・リアリティ)技術を用いた作品だ。

 鑑賞者は、裸足で砂のひかれた体験ルームに通され、ヘッドギアを身に着けると、そこにはVRにより360度アリゾナの砂漠の光景が広がる。 メキシコとアメリカの国境を越えようとする南米からの不法移民者たちが周囲に表れ、まるで自分も国境警備隊の兵士やヘリコプターから 逃げ惑う彼らの一人になったかのような体験ができるという仕組みだ。映画というよりも体験型のインスタレーションと言うべきだろうか。

 技術の発展により、日々、新製品が開発され、私たちの生活は更新されている。VRもゲームや映像はもちろんのこと、建築業界では、 モデルルームの代わりに部屋の体感で用いられたりしている。使用者は、その臨場感に高揚しているように思う。

 1920年代、世界初の電子楽器テルミンが発明された折の話だ。このプロモーションイベントを、前衛音楽家のジョン・ケージが痛烈に批判している。 なぜ新しい楽器を発明したのに、これまでの楽器の代用品のようにしてサンスーンの『白鳥』を演奏しなければならないのか? 新し楽器には、新しい音楽や表現が可能なのではないか?

 臨場感を求めるという意味では、VRも小説も音楽も従来の映画も、本質的には変わらない。 この時代にこそ求められ、追及されるべきリアリティがあるのではないだろうか。 イニャリトゥ監督が訴えたかったのは、世界の辺境で起こっている難民問題であり、不法にでも国を越え新たな場所を求めなければならない彼らの厳しい現実か。

「脚本や構成を気にすることなく、一人の人間としてこの作品をただ体験してほしい。」
 彼のインタビューからも推量できる。これは映画ではなくVRだからこそ表現・体験の可能となった、同時代的な意義のあるリアリティだろう。

 22年前、1995年の特別業績賞は、初の長編CGアニメーションとして『トイ・ストーリー』に贈られたものだった。 その後、子供たちの夢を描く映画はCGが中心となった。私たちは新しい技術によって、美学や価値観も変わるはずだという期待を持っているはずだ。 ただ新奇性に惑わされ、盲目的に崇拝するのではなく、その本質について考えてみたい。