空白の中心
空白の中心


 大阪駅の北西側、うめきた2期開発が進んでいる。元は貨物列車の車両基地だったという24ヘクタールは、私が大阪の設計事務所で勤めるずっと以前から、立ち入ることのできない空地であった。 事務所のある茶屋町、大阪駅界隈、オフィス街で飲食店も多い福島エリアの3つの場所が周囲にあり、大阪で働いた3年間、いつもこの空地をぐるぐると回っていたように思う。

 フランスの哲学者、ロラン・バルトは著書『表徴の帝国』の中で、日本の「空虚な中心性」について指摘している。 西洋では町の中心に広場や教会など人が集まる場所があるのに対し、東京の中心には禁域である皇居という森が広がっている。 中心の不在という不可解で魅力的な都市構造だという。歴史的に見ても、例えば縄文時代の日本の集落では、 住居に取り囲まれた中央に埋葬場所が設けられたらしい。中心には死者が住んでおり、その周りで生活が営まれていた。

 事務所の代表、安藤忠雄氏は、「グラウンド・ゼロ・プロジェクト」という、テロで崩壊したワールドトレードセンタービル跡地に、 犠牲者鎮魂のモニュメントを建設することを提案している。世界で最も高価な土地であろうマンハッタン島の中心地にあえて空白を作るという 計画であったが、実現することはなかった。 その後グランド・ゼロには4本のオフィスタワーが建設され、経済の中心としての機能と賑わいを取り戻している。

 うめきた2期の敷地は、大阪の中心と呼べる場所だろう。私はここが永遠に人の立ち入ることのない空虚となり、 いつしか緑が生い茂り原生林へ戻っていく姿を想像してしまう。忙しい街の空虚な中心となり、緑が少ないといわれる大阪の空気を浄化し、 動物たちの棲み処となる。実際の都市計画から見れば不合理なこの想像が魅力的に思えてならない。

 この空地のすぐ側にある原広司設計のスカイビルも、中心にぽかんと穴の空いた建物だ。 未来の凱旋門、超高層の連結による空中庭園の実現を考えたという。合理主義からは生まれようもない発想だろう。 うめきた2期計画には、高層住居タワーやオフィスビル、医療施設に加え、市民の憩いの場となる緑地公園も含まれるようだ。 広大で新しく、とても〝機能的な〟中心が生まれつつある。



追記 18 August 2020
 うめきた2期の工事現場で、発掘調査が行われ人骨1500体が見つかったというニュースを見た。江戸時代頃には、梅田墓という墓地があったようだ。 地名「梅田」の由来が「埋めた」であるという説もある。空虚な中心の不思議な必然性を感じてしまう。