未来の廃墟
未来の廃墟


 大学生の頃、バックパッカー一人旅で訪れたスコットランドで、教会や修道院、城郭などの廃墟を見て回った。 草原や森の一角に、まるで自然の一部となったような、静寂で美しい場所があった。 地元産の石で組積された遺構群は、薄ピンク色だったり、黄色っぽかったり、それぞれの地域的な特徴を見ることもできた。

 この旅のきっかけも、はっきりと覚えている。ある建築家の書いた文章*に興味を掻き立てられたからだ。 建物が使われなくなると、打ち捨てられ荒廃した時代を経て、装飾や家具などが剥ぎ落されていく。 そうして年月が経過した後「そこに残っているものだけが、きっとその建築の本当の強さなのだ」という。
 物理的に強度の高い石の躯体が残るという話ではない。建築の最も精神的に強い部分が残るということだろう。 「そこにはもはやあっけらかんとした明るさとやさしさがある。そしてその空間には、人間だけでなく、森の動物がちょっと日向ぼっこにやってきてもおかしくないような 包容力がある」という。

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 私の関わる建築プロジェクトでは、スマートハウスやスマートシティなど、デジタル化を求められることが多くなった。 効率化は望ましいことだが、建物の部分的な機能アップに終始している例がほとんどだと感じる。 太陽光パネル、全自動トイレ、宅外からのエアコン遠隔管理など、部分をツギハギしていくだけでは、建築のサイボーグ化と思えるのだ。 建物のパーツそれぞれの機能は向上しているが、建築を一つの創造物あるいは空間と見たときに、これは果たして進歩と言えるのだろうか。

 そこで私はいつもスコットランドの廃墟を思い出す。人間の作ったものが、自然と一体になるほど、本質的な次元まで還元される。 剥がれ落ちてしまう表層ではなく、その建築の「本当の強さ」までアップデートしてしまうようなデジタルの可能性があるのではないか。 新しいテクノロジーが可能にするであろう、未来の廃墟を私は夢見ている。


* 建築ノート No.4 P.118 Table Of Youth『やさしい廃墟』大西麻貴 (誠文堂新光社)